野田村の「市(いち)」

野田村の愛宕参道大鳥居(平成13年(2001年)8月完成)沿いの愛宕参道広場では、毎月16日約15店舗が出店して「16日市」が行われ、買い物客で賑わいを見せます。(この他6日、26日には「参道市」が開催。)野田村内や青森県などからの出店者が、季節の花、野菜や果物、田楽、串もち、魚類、雑貨など幅広い品揃えで買い物客を迎えます。
<様々な店舗が並ぶ愛宕参道広場>

大鳥居(500)

野田村の「市」は、文化3年(1806年)に五日町(現在の城内地区)で「市」の設立を申請し、開設されています。これは、一旦途絶えたものが再開したようです。当時、五日町の設立申請書には、「塩の売れ残り、魚の売れ残りを町内や五十集(いさば、魚問屋)を通じ才覚(処理)する」と書かれています。
「市」を開設するには、きめ細かな制約がある藩の許可制が取られ、違反者の取り締りも厳しいものでした。

明治時代の主な商業活動は、定期的に開かれる「市」でした。「市」は、臨時的な店舗で宿駅(しゅくえき:旅人の宿泊や荷物運搬の人と馬を集めておいた宿場)と呼ばれる場所に物を並べての販売や物々交換が行われ、地域の生産物や県外から織物・呉服・木綿が中心に取り扱われていました。

村内には大正時代まで店舗が少なく、愛宕神社例祭(旧7月25日から27日)26日と27日行われる年1度の定期市には、まとめ買いをしようと買い物客が押し寄せました。販売者は、青森県八戸市あたりから馬で履物や鋤(すき)、鍬(くわ)、鍋釜、陶器、漆器などを、また地元の呉服店は、布団を山のように積んで販売していました。村内外から買い物客が訪れ、牛や馬に購入した物を積み込みました。村内外の買い物客は、何軒もの店を巡り購入する物を見極め決めていました。店の間には、地元の屋台が何軒も出て買い物帰りの客で夜まで賑わいました。

「市」について村内の出店者は、「大鳥居が出来る前(平成13年8月以前)は、本町地区(大鳥居の少し海岸寄りの地区)の両側に店が出ていました。交通機関が発達していないため、近くで物を購入する傾向でした。歩いて来る人や地元以外に近隣からの買い物客もあり、賑わっていました。秋から冬(10月末〜11月ごろ)にかけて一輪車で買物に来る客が、リンゴの箱買いや白菜、大根などを冬に備えて買う姿もありました。」や買い物客は、「月に1度の市だったので決まってきてまとめ買いをしました。周りには、劇場(映画館)や食堂、床屋など店がたくさんありました。」と以前の「市」や街の賑わいを話しました。(参考資料:野田村誌、九戸地方史)
<「市」の様子(現在)>

市日1(500) 市日2(500)

市日3(500) 市日4(500)

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