のだ歴史散歩 第4回 野田村津波の歴史

三陸のリアス式海岸は、複雑に入り組んだ海岸線が美しい風景をつくりだしている。一方で湾の幅が陸地に近づくにつれて狭くなっているため、津波が襲ってきたときに、通常よりも波高が高くなり被害が大きくなると言われている。ここ野田村でも、たびたび地震によって引き起こされる津波の被害を受けてきた。

明治三陸地震津波
明治29(1896)年6月15日午後7時32分、釜石東方沖を震源地とするマグニチュード7.6の地震が発生。野田玉川で18.3mの波高、野田村の死亡者261人、負傷62人、流失家屋411戸。(野田小、玉川小被壊若しくは流失、五日町(当時)は全滅した。)
地震は現在の震度で2か3程度で強くはなかったようだが、その後に微震が数回続いた。しかし弱い地震だったため人々が油断していたその30分後くらいに、海鳴りと同時に大津波がやって来て被害が大きくなった。災害直後から救援活動も始まったが、交通が不便であったため順調に進まなかった。
昭和3年6月20日、海蔵院で33回忌法要を営み供養塔を建立した。当時の人口およそ3,000人に対して800人が参列した。

海蔵院にある供養塔           供養塔の裏側
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昭和三陸地震津波
昭和8(1933)年3月3日午前2時31分、釜石東方沖を震源地とするマグニチュード8.3の地震が発生。三陸海岸沿いで震度5の強震を観測。野田玉川で15.8mの波高、野田村の死亡者8人、負傷7人、流失家屋58戸。
防風、防潮のために昭和6年に植えた松がすべて流された。家屋等は大きな被害を受けたが、37年前の津波を教訓として避難が早かったと思われ、人的被害は比較的小さかった。この後防潮堤や防潮林が整備されていく。

昭和9年8月31日に建てられた十府ヶ浦(米田地区)にある慰霊碑は4年前の大津波で倒された

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チリ地震津波
昭和35(1960)年5月23日午前4時11分(日本時間)、南米・チリ中部沿岸に大地震が発生し、地球の裏側からおよそ22時間30分ほどかけて太平洋を横断した津波が日本の太平洋沿岸を襲った。最大波は翌24日の午前5時から8時に発生、野田玉川で8.1mの波高を観測。野田村の人的被害はなかった。家屋、漁船等を多数流失したものの、防潮堤や防潮林が効果を発揮して被害が小さく抑えられたと思われる。

十勝沖地震津波
昭和43(1968)年5月16日午前9時48分、青森県東方沖を震源地とするマグニチュード7.9の地震が発生。野田村では震度4を観測。波高は不詳。動力船33艇、無動力和船61艇を損害。

東日本大震災津波
平成23年(2011年)3月11日14時46分、宮城県牡鹿半島の東南東沖130km、仙台市の東方沖70kmの太平洋の海底を震源とする東北地方太平洋沖地震(マグニチュード9.0)が発生した。国内観測史上最大の地震で、野田村では震度5を観測、長時間の揺れを感じた。津波水位16.4m、米田地区入り口付近の遡上最高到達点37.8m。死亡者28人(村外死亡者含めると37人)、住宅被害500棟以上、震災当時の避難者は11か所に900人以上。長年村民を守って来た防潮堤も決壊し、住まい、商店街、交通網、また漁港など広範囲に甚大な被害をもたらした。
震災前に約1万本あった松の木は、ほとんどがなぎ倒され、残された木は20本程度である。

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約1万本の松が植えられていたが、現在は数本しか残されていない
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野田村歴史の会 廣内洋冶さん
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廣内さんは曾祖母に明治三陸地震津波の時のことを何度も何度も聞かされていた。【明治29年6月15日午後8時過ぎ、曾祖母が13歳の時大津波が襲来した。曾祖母は必死に建物につかまり何とか助かった。朝方、家の方に戻ってみると周辺の建物が跡形もなく消えていた。両親や兄弟もみんな津波に流され、家族で曾祖母一人だけが生き残った。】
廣内さんは東日本大震災が起きたとき、「地震が来たらとにかく逃げろ」という曾祖母の言ったとおりに、地震がまだ収まらないうちに、車で避難した。その時に野田村保育所の園児が列をなして避難していたという。行動の素早さに感心したそうだ。そして和野平地区の高台から第一波で防潮堤が決壊し、第二波でまちが浸水し湖になった様子を眺めた。
旭町にあった自宅はなくなり、現在は久慈市の仮設住宅で暮らしている。そして野田村に戻る準備をしている。一旦は村を離れることも考えたが、やはり野田村の空気感やコミュニティーが好きなのだそうだ。そして「村づくりのために何か手伝えることがあればいいなと思っている。」と話してくれた。

過去の津波災害を思い出すことは悲しくて辛いことだが、廣内さんの曾祖母のようにまたいつ襲ってくるかわからない災害のために、伝え続けていかなければならないと感じた。

参考書物:野田村郷土史年表、岩手県災異年表、図説岩手県の歴史

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